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たまには部屋をかたづけようよ

部屋を片付けせなあかんと思いつついつも放置プレイ。そんな自分の日々の想いをつづった日記系ブログですよ?

最近書いた記事

今の若い人たちにプログラミングの機会をもっと与えてあげてほしい

 前回のエントリ記事(もう二度と見たくない恐怖のマシン語ダンプリスト)を書いたことをきっかけに、昔の記憶が思わず蘇って懐かしかったのと、
 同記事に、yasuhoさん(id:yasuho)からコメントをいただいたのがきっかけで、yasuhoさんのブログ記事
プログラミングを始める上で障壁となっていること - プログラマyasuhoの隠れ家
 を読ませていただいてインスパイアされるものがあったので、その辺りを書いてみたい。

 まず自分のパソコン歴から。

 自分が最初にパソコンに触れたのは今から30年ほど前、小学6年の時に親から買ってもらったナショナル(現Panasonic)のJR-200というパソコンだった。

 当時、学研で出版していた雑誌「科学と学習」の裏表紙に広告が載っていたのが、このパソコンを知るきっかけとなった。

 この時代にゲームといったら、今みたいにネットで気軽に出来るわけもなく、やりたければ自分で作るしかなかった。

 だからプログラミングが出来なければ、ゲームも出来ないので、ひたすらパソコン雑誌に載っていたBASICのソースを打ち込み、試行錯誤を繰り返していくうちに、否応無しにプログラミングというものを覚えていった。

 「とにかくゲームをやりたい」という欲望が、プログラミングを覚える苦労を乗り越えるためのモチベーションに繋がったんだろうと思う。

 それが今の自分のベースになっていることは確かで、その時に覚えたプログラミングテクニックは言語が変わっても今でもずっと活きてる。

 もしあの時JR-200に出会っていなかったら、今の自分はなかっただろう。

 そのくらい自分の人生に大きく影響を与えたものだった。


 話は変わって、現在のプログラミングにまつわる状況はどうだろう。

 yasuhoさんもご自身のブログ記事中で書かれているが、とにかく今は「アプリの飽食時代」になっている。

 例え、何かアプリのアイディアを思いついたとしても、似たようなアプリは既にApp StoreGoogle Playなどにあって、自分がわざわざ作る必要がない。

 そして仮になかったとしても、プログラミング環境を整えるだけで一苦労するため、そこで諦める人が多数だろう。

 よしんば環境を揃えたとしても、プログラミングを0から覚えていく労力たるや、並大抵のことではない。

 自分の場合はプログラミングをしないとゲームが出来なかったから、結果的にプログラミングを覚えられたのであって、今はそんなことをせずともネット経由で簡単にゲームが手に入る。

 それが良くも悪くもプログラミングの敷居をさらに高くしている原因になっている。

 以上のことから、今の若い人たちは、プログラミングをしなくなったというよりも、する必要がなくなってしまったというのが正しい。

 だから、yasuhoさんも締めくくりで書かれているが、小中学校にプログラミングの授業を導入し、少しでもその機会を与えてあげることは、これからを担う若い人たちのプログラミングに対する動機付けのためにもぜひ行って欲しいと思う。

 この状況を打開するには大変なものがあるとは思うが、プログラミングによってモノを作ることの楽しさをちょっとでも知ることが出来れば、いかにプログラミングが面白いか、そして楽しいものなのかがわかってもらえるのに、と思うと、自分のようなオッサンは残念でならない。

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ここからは、単なる自分の近況報告なので、スルー推奨。

8/8(木)入院8日目終了:残念ながら退院の日は決まらず。

 今日の午前の診察時は、主治医の先生が別の手術でいらっしゃらなかったため、最後の抜糸はお預けになってしまった。

 てっきり今日で抜糸が終わり、退院の日も確定すると思っていたので、肩すかしをくらってしまった格好になり、すごく残念だ。

 ただ、確認してみたところ、やはり抜糸が終われば近いうちに退院はできるとのことで、次回の診察に期待してみる。

 気が早いが、10日(土)退院か?


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