カミカゼエース先輩の話をしようと思う(中編)
カミカゼエース先輩の話をしようと思う(前編)の続きです。
「あれ? ドアロック解除されねぇな」
「え、キー使わなきゃ開かないんじゃないですか?」
「おまえ、さっきスマートキーの話しただろうが? スマートキーだとキー使わなくても普通はドアノブ触るだけで解除されんだよ」
「あ、そういえばそうでしたね。じゃ、もしかしてさっきキーを落としてきたとか?」
「いや、ちゃんとポケットに入ってる。ほれ、これだよ」と言って、黒い小さい箱状のキーを見せてくれた。
「キーのワイヤレスロック解除のボタン押しても開かねぇぞ。なんだよ。初期不良かよ。後でディーラーに文句言ってやらなきゃな」
「どうするんですか? この暑い中このまま外にいるってのは無しですよ?」
「まぁ、仕方ねーべ。どっちにしろ朝まで野宿するつもりで来てんだし、ちょうどいいだろ。最悪JAF呼んで開けてもらえばいいしな」
出ましたよ。これぞいつものS先輩節。それでこっちは過去に何度も困らせられてんだけどな……。
その時、突然車の方から『ガチャ』とドアロックが解除された音がした。
「お、直ったか? まぁ、なんか接触不良かなんかだったんだろ。とにかく明日ディーラーに持っていって点検してもらうわ」
そしてS先輩が運転席に座ろうとしてシートに手をついたときに、突然「うわっ」と驚いたような声をあげた。
「なんでこんなにシート濡れてんだよ。おい、おまえ運転席に水こぼしただろ! よりによって新車のシートにこぼすなよ。このクリーニング代はきっちり弁償してもらうからな」
「えぇ! そんな水なんかこぼしてないですよ。確かにペットボトルの水は飲んでましたけどちゃんと蓋閉めてあるし。そもそも、どうやったら助手席に座っていた自分が運転席のシートに水をこぼせるんですか? わざとやらない限り無理ですよ」
「そりゃそうか。でもだったら何でこんなに濡れてんだよ? つか、なんかすごく生臭いな。なんだこの臭い?」
確かに、さっき乗っていた時は新車の臭いしかしなかったのに、今はものすごく臭い。どうやら濡れたシートからその臭いがするようだ。
「おいおい、買ったばかりの車なのに、なんだよこれ。とにかく拭かなきゃ」
そう言いながらS先輩は一生懸命シートを拭いたが、残念ながら臭いまでは取れず、仕方なく別のタオルを敷いて運転席に座った。
「しかし、くせーな。何こぼしたらこんな臭いになる……!?」
S先輩がそう文句を言いかけていた時、何かに気づいたのか、突然後部座席の方を振り返った。
「んっ? 突然後ろを振り向いてどうかしたんですか?」
「い、いや、何でもない。と、とにかく今日はもう帰るか」
「え、さっき朝まで野宿するって……」
「ま、まぁ、なんかさっきから車の調子も悪いみたいだし、このままエンジンもかからなくなったら困るからよ。とりあえず今日は帰るぞ」
そしてエンジンをかけようとS先輩がエンジンスタートボタンを押したのだが、オーディオやメーターパネルなどの電源は入るが、肝心のエンジンがかからない。
「何? 今度はエンジンかよ? いったいどうなってんだ?」
そして、この時になって、自分も嫌な胸騒ぎがしてきた。
「え、えと。これって結構やばい状況じゃないですかね? 霊的な意味で」
「い、いや、き、気のせいだ。おい、早くエンジンかかれよ!」
S先輩はかなり焦った様子でスタートボタンを連打していたが、一向にエンジンがかかる様子がない。
ふとS先輩を見ると、脂汗をかき、表情も心なしか青ざめているように見えた。
「S先輩、もしかして具合悪いんじゃないですか?」
「な、何でもねーよ。気にすんな。それより後ろは絶対見るなよ」
えっ? と思い、後ろを振り返りそうになったとき、急にS先輩が自分の頭を上から押さえつけてきて、大声で怒鳴った。
「後ろ見んなって言っただろ! おとなしく前向いて座ってろ」
「い、痛いです。わかりましたから頭押さえつけるのやめてください」
と、その時、自然とシフトレバーが視界に入った。そしてよくよく見てみると、何故かシフトレバーがDポジションに入ったままになっていることに気づいた。
「あ! シフトレバーがDに入っていますよ。これじゃエンジンかかりませんよ」
「何だと! さっき車止めた後ちゃんとPにしたのに何でDに入っているんだっつーの! そ、そんなことより、さっさとこんなところからずらかるぞ」
なぜかS先輩はすごく焦った様子で、車を急発進させ、沼から3キロほど離れたコンビニの駐車場に車を止め、そこでやっと落ち着いた様子を取り戻した。
「も、もう大丈夫だな。さっきは急に怒鳴ったりしてすまなかった。とにかく今日のことは全部忘れろ。何もなかった、どこにも行かなかったということにしとけ」
そう言って、自宅まで送ってもらい、その日は終わった。
カミカゼエース先輩の話をしようと思う(後編)に続きます。