たまには部屋をかたづけようよ

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最近書いた記事

マスコミはいつまでも東日本大震災の被災者ばかり特別扱いすんな

 これらのブログを読ませていただいて、自分もインスパイア*1されるものがあったので今回のエントリ記事で語ってみる。


 まず最初に断っておく。

 自分はまごうことなき、東日本大震災による津波の被災者だ。


 自宅は津波により床上浸水して家財道具に甚大なる被害を受けているし、たった5000kmしか走っていないプリウスを津波のせいで全損させられ、しかも、そのプリウスにかけていた車両保険は、地震による津波での損害は免責となり保険がおりなかったため、時価額にすれば180万はあったであろうプリウスの金額補填もまったくなかった。

 そのくらい家屋と車に関しては甚大な被害を受けている(ただ唯一救いだったのは、身内では人的被害がまったくなかったことだ)


 それを持ってしても、マスコミにいいたい。

 「いつまでも東日本大震災の被災者ばかり特別扱いするな」と。

 
 マスコミは未だに「東日本大震災から2年と5ヶ月が経ちました」とか「未だに復興が進んでいない現状を報道します」などと、何かにつけて東日本大震災のことを報道したがる。

 半年ごととか、1年ごとにそう言うならその気持ちもわからないでもないが、2年5ヶ月とかこんな中途半端な数字でいい加減うるせーよ、と思う。

 被災者の自分ですら、今更そんなのいちいち思い出さねぇと言うのに。


 というか、もう忘れたいんだよ。そんな忌々しい過去は。

 もう過ぎたことをぐだぐた語っても今さらどうなるわけでもない。

 それどころか、そんな過去にしがみついて、あの時ああしておけばよかったとか、そんなこと今さら思い出して何の意味があるというのだ?


 そんなことより、マスコミは東日本大震災の被災者と同じくらい、もっと他の災害の被災者へも、目を向けるべきなんだよ。


 ここで一つ、このブログを読んでくださっている方々に問いかけしたい。

 「東日本大震災と同じ年に、激甚災害に指定されるような災害があったことを覚えていますか?」

 それは平成23年9月上旬に紀伊半島で発生した、台風の集中豪雨による災害のことだ。


 以下は、その災害について、Wikipediaからの引用だ。

  • 平成23年9月4日午前0時過ぎには和歌山県田辺市伏莵野地区で土砂崩れが発生して住宅が全壊し、高校生ら5人が死亡した。
  • 田辺市内では熊野地区でも土石流が発生して民家1棟が流され、2人が死亡、1人が行方不明となった。
  • 同日午前7時過ぎには、奈良県五條市の大塔町で大規模な土砂災害が発生した。清水地区で高さ180m、幅250mにわたって土砂が崩落し(中略)土砂に飲み込まれた対岸の集落(川からの高さが約10mの高台)では10月1日現在、5人が死亡し6人が行方不明となっている。
平成23年台風第12号 - Wikipedia

 詳しくはWikipediaを参照していただきたいが、ここに挙げたのは土砂災害のみの被害だ。それだけでも死者12名、行方不明者7名が出ている。

 この他にも、同じ台風による集中豪雨のせいで、他に奈良県で河川の氾濫による死者、行方不明者が出ている。


 ちなみに東日本大震災があったのは、この災害の半年前。それより後のことなんだから、当然この災害があったことも覚えていますよね?


 でも、もし忘れていたのなら、なぜ東日本大震災は覚えていても、この災害が起きたことを忘れてしまっているのか?


 「規模が違うんだから、同じレベルで語ることなんてできないだろうよ?」とも思われるかもしれない。

 確かに東日本大震災では、1万6千人以上の方が亡くなって、未だに行方不明の方も2500人を超えている。

 だが、それはトータルの話であって、個人レベルから見ればこの集中豪雨の災害となんら変わることはない。


 災害に規模の大小など関係ない。

 あるのは、実際に例え1人でも、災害によって人が亡くなっているという事実だけだ。


 その集中豪雨の被災者の方々だって唯一の身内を亡くしたりして、東日本大震災の被災者となんら変わらない思いしているというのに、片やもう忘れ去られ、片や未だに語りつがれているというこの不公平さ。


 別にこの災害に限った話ではない。つい先日も秋田県の仙北市で土石流による災害や、九州地方では毎年のように起きる集中豪雨による災害など、災害救助法が適用されるほどの災害だけでも、たくさんの件数が発生している。

 そして、それらの災害のことを(秋田県の災害は最近のことなのでさすがに覚えているだろうが)、今何人の人が覚えているだろう?

 そしてなぜ、このような災害があったにも関わらず、ついには忘れ去られ、片や東日本大震災の方は未だに語り継がれているのか?


 全ては、マスコミによる数字(視聴率)至上主義のせいだ。


 マスコミは数字が取れる初動時にだけ騒ぎ立て、そしてものの1週間もすれば報道しなくなる。

 全然現地の災害復旧なんて終わっていないのに、その後、マスコミがまったく報道をしないものだから、当事者じゃない他の人からすればもう終わったこと、過去のことになってしまい、そのうち災害があったことすら忘れ去られてしまう。


 マスコミからすれば、誰もが知っている未曾有の災害である東日本大震災で特集番組を放送すれば、未だに数字が取れるから取り上げるのだろうが、逆にそんなマイナーな災害の特集を組んでも数字が取れないのはわかりきっているから取り上げようともしないのだろう。


 でも、そんなんでいいのかよ?

 規模が小さかろうが、まがりなりにもそれら災害では人が亡くなってるんだぜ。

 それを数字取れる取れないレベルでないがしろにしていいってものじゃないだろう。


 例え規模が小さかろうと、本来はそれらの被災者と、東日本大震災の被災者とで格差をつけるべきではないんだよ。

 しかし、現実はそうなってしまっている。

 これを自分は問題提起したいんだよ。
 

 「災害規模の大小じゃねぇ。大きかろうが小さかろうが災害は災害だ。それなのにマスコミは東日本大震災の被災者ばかり特別扱いすんじゃねーよ」と。


 ただここで改めて断っておくが、だからといって東日本大震災の被災者をないがしろにしていい、と言っているわけでは決してない。

 実際に、自分の知り合いでも、東日本大震災によって職を失ったり、未だに仮設住宅住まいで不自由な暮らしを続けている人もいる。

 そういう人が身近にいるからこそ、その人たちの気持ちも痛いほど分かっているつもりだ。


 自分がいいたいのは、あくまでも被災者に格差をつけるな、ということ。

 そして、その格差をつける要因を担っているのは間違いなくマスコミだ、ということ。


 マスコミはもっと他の災害の被災者にもスポットを当てろ。

 そして、いつまでも東日本大震災の被災者を、そんなマスコミの数字取りのために、いい”カモ”扱いすんな。




 最後になるが、残念ながら、これからも各地で災害が発生してしまう可能性は十分にある。

 例え規模が小さくても、災害は災害。

 そういう人たちにも、東日本大震災の被災者みたいに、気にかけてあげて欲しい。そして、もっと陽の光を当ててやってほしい。

 これが東日本大震災の一被災者である自分からの、マスコミおよびこの記事を読んでくださったみなさんに対する、切なる願いだ。


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*1:最近こればっかだな。いい加減影響されすぎだろw

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